みなさまこんにちは。
ここのところ、釣りの方はと言うと、潮と風と仕事の都合が噛み合わず、なかなか気持ちよく竿を出せていません。
てなわけで、釣りに行けばよかったと後悔しつつ寝る前にスマホをいじっていると、GoogleDiscover(おススメ記事)に興味深い記事が出てきました。
ロレックスとカルティエは別格―モルガン・スタンレーの報告書“Swiss Watcher”から読み解く、時計業界の明暗
今回はこちらの記事を読んで感じたことを、雑記としてまとめておきます。
釣りの話はほとんど出ませんが、「価値ってなんだっけ?」という話は、釣具でも時計でも、案外共通していると思いますので。
ロレックスとカルティエが「別格」になっている
上のHODINKEE Japan記事は、モルガン・スタンレーとLuxeConsultの年次レポート“Swiss Watcher”をもとに、スイス時計業界の「勝ち組」と「苦しい側」を整理していました。
大きな話としては、一部の超強いブランドに売上とシェアが集中している、ということです。
記事中で印象的だったのは、ロレックスの数字。
推定ではありますが、2025年は出荷本数(割り当て数)を約2%減らし約115万本、それでも売上高は約4%増えて初めて110億スイスフラン(約2.2兆円)を突破、平均小売価格も約6%上がって約1万4000スイスフラン(約280万円)に到達した、という話。
本数を絞っても売上は伸びる。この構図は、分かりやすく強いですよね。
さらに、ロレックス、カルティエ、オーデマ ピゲ、パテック フィリップといった限られたプレイヤーが、売上・シェアを伸ばしている一方で、その他多くのブランドはコスト上昇や値上げ、顧客の気分の変化への対応に苦慮している、という整理でした。
“高級化”が止まらない。数は減り、値段は上がる
もう一つ、記事の中で「そりゃ空気変わるよな」と思ったのが、業界全体の生産本数の話です。
スイス時計業界の生産数は2011年以降で半減し、2025年には1460万本まで落ち込んだ、と。さらに、5万スイスフラン(約1000万円)以上の価格帯は、輸出総額の37%を占めて成長率の89%を牽引する一方、本数ベースでは1.4%に過ぎない。
要するに「少量高額」にどんどん寄っているわけです。
ここまで極端に高級化が進むと、時計そのものが“道具”から“記号”に寄っていくのは自然な流れで、買う側の動機も、使うためというより「持つため」「見せるため」へ寄りやすい。
もちろん、それ自体が悪いと言いたいわけではないんですが、「価値」の中身がどこに置かれているかは、意識しておかないと流されます。
SNS時代の“憧れ”と、品薄という演出
ここ数年、ラグジュアリーブランドの高騰にはいろんな要因があると思います。
為替、原材料、人件費、投機、資産保全…どれもある。
ただ個人的には、SNS時代になって、人間の憧れを刺激するマーケティングが明確に増えた、これも大きい気がしています。
いわゆる「欲しい」と思わせる速度が速い。
しかも欲しい理由が、機能性や耐久性よりも、空気感や世界観に寄っている。
そして品薄がそれを増幅させる。
ロレックスの話も、もちろん品質やブランド力は前提としてありますが、需給バランスのコントロールが価値をさらに押し上げている面は否定しづらいでしょう。
これ、釣具業界でも似たようなことがありましたよね。
コロナ禍で一時的に釣りブームが来て、同時に移動や接触が自粛されて製造・流通が滞り、結果として品薄が起きる。
(↑関係ないですがこんなこともありました。)
するとタックル、特にルアーが「え?それがその値段?」みたいな価格になっていた時期があった。
あの空気です。
“本当に価値が上がった”というより、買える/買えないの条件が感情を動かして、気づけば市場の値札が書き換わっている。
私の知人なぞ、1980円で買ったバロール130をコロナ禍の時期ヤフオクで出品したところ、なんと1本3万円台で落札されてました。
いくら何でもそんなに価値あるわけないでしょ。根掛かりしたらどーすんのw
(ちなみにその後、バロールシリーズは再生産されました。)
こういうのを目の当たりにすると、価値ってつくづく不思議です。
たぶん昔から天邪鬼だった
で、ここからは完全に私個人の話です。
私には若干、天邪鬼な性格なのかもしれませんが、モノ選びをする時、みんなが欲しがる王道より、二番手三番手で「個性が光る」と(勘違いも含め勝手に)思えるモノを選びがちです。
たとえば今回のテーマである時計。
初めて本格機械式を買う時、同世代の周りはみんな揃いも揃って黒サブマリナー一色だったのに、私は独自のコーアクシャル機構にロマンを感じ、シーマスタープロフェッショナルGMTを選んでしまいました。
当時はどちらも正規店で60万以下、価格差も大きくなかったのに、今や両者の資産価値の差はなかなかのものです(笑)。
ただ、これは投資で買ったわけじゃなく、単純に「そっちが興味深い」と思っただけなんですよね。
クルマも、王道のメルセデスはもちろん試したし、アウディやVWも乗った。
けど、私には完璧なクルマよりも、テンションを上げてくれるBMWの方にトキメキを感じました。
バッグや小物も、ヴィトンは昔からみんな持ってますが、PVCベースでしょ?と思うと正直魅力に感じない。それよりは上質な皮革など天然素材で、「手作業代が掛かっているモノ」に惹かれ選びがちでした。
そんな感じなので、当然スマホやタブレットはAppleではなくはAndroid、キャリアも長年AUですw
大学時代は研究室の全員がPC98を使っている中、一人だけDOS/V機を選んで痛い思いをしたのにその後凝りてないので、これはもう性分なのかもしれません。
「みんなが持ってる」に数百万円、私はちょっと躊躇する
ここは人によって価値観が全然違うので、断定はしません。
しませんが、私はやっぱり、時間を見るための道具に100万200万をぶっこんで、それを腕に巻いてウロウロする感覚が、あまりピンと来ないんですよね。
1000万クラスになると、もう怖くて夜道を歩くこともできません。腕ごと切り落とされそうw
もちろん、機械式は工芸品として面白いし、デザインも歴史も含めて“好き”になる要素はたくさんある。
ただ一方で、ロレックスの生産本数だけでも推定で年115万本規模という話が出てくると(しかもそれが単年の話)、「それだけ世の中に出回りみんなが持ってるものが、なぜここまでの値段になるのか」を、私はつい需給と心理の側から考えてしまいます。
昔から男女問わず一定数、所有する「モノ」によって他者に対する自己の価値を相対的に測ろうとする人は居ます。
その“モノ”は、時計や車みたいな物質であることもあれば、職業や肩書きみたいな属性であることもある。
でも結局、それらは具象・抽象にかかわらず、単なる所有物や属性でしかない。
ここを取り違えると、しんどくなる気がします。
デジタル化で便利になったのに、「価値」は見えにくくなった
中学生のころに同級生から勧められて読んだアルビン・トフラーの『第三の波』を思い出します。いや、もしかしたら「パワーシフト」だったかもしれません。もう何十年も前の話なので正直記憶が曖昧ですw
しかし上記の本どっちかに、「未来の富は抽象化」される、みたいな話が書いてたところははっきり覚えてます。
物々交換の代替として登場した「富」である通貨は、古代には大きな石を加工したものであったり希少な貝殻でしたが、中世には輝く金属となり、その後近代においては国家の信用に裏打ちされた「ただの紙切れ」へと変貌していきました。
そしてついに現代に至っては「富」そのものは、もはや形すら持たず、どこかのデータセンターに保存されネットワーク上を行きかう単なるビット列のデータになってしまいます。
なるほどトフラーの予言通り、抽象化・仮想化されていますな。
そのように富の象徴である通貨そのものが形を消し去った時代、便利になった一方で、通貨と同様、実体のある/なしが曖昧なものに対して、私たちはずっと欲望を刺激され続けている気がするんですよね。
なので私は最近、広告やSNSの「価値がある」という圧に触れるたびに、価値の本質って何だっけ?と自問するようになりました。
自らを知る、本質を知る、足るを知る。
これがある程度固まっていれば、消費を促され続ける時代でも、モノ選びで迷いにくくなるはずですし、単なる記号性を追い求めることもないでしょう。
アフィリエイトの話:判断材料を増やしたい
……と、偉そうに書きつつ、私のブログもこれでもかとアフィリエイトリンクを貼っていますが(笑)。
ちなみに私は男性で自ら単独で社会を再生産する能力はないし、社会で何かしら偉大なことを成し遂げる主人公のような重要な役割があるわけでもないですが、少なくとも私自身の周囲、「家族」という大切な「群れ」を守るために最大限努力して働こうと考えている働きアリです。
なので、働いて得た報酬は全額家庭に入れる、昭和世代の価値観丸出しのオトーサンであり、日々の食費や生活費、子供たちの学費などで自転車操業。
そういう次第で、片手間で釣りブログを運営してはいますが、そのブログの運営費やネタ作りのための活動資金は家族に迷惑を掛けるわけにいかないので自分で稼がねばならなりません。
そのため、このブログから何らかの収益が得られると、非常にありがたく思っています。
しかし、インプレや商品紹介を書く時に「買わせんかな」という姿勢だけになってしまうのは、個人的な美意識に反しますし、それだけを目的に作文するのは正直書いてて面白くない。
やっぱり、実際自分が体験したコトや使ってみたモノの本質、価値、選定基準、気づき、学びみたいなものを共有して、読者の方が自分の物差しで何かしら判断される際の参考にしていただける、そういう方向でブログ記事を書いていければなと考えています。
まあ、ブログ自体オワコンと言われて久しいのであと何年続けられるか分かりませんが。
私より先にGoogleがBloggerプラットフォーム終了しちゃうかもしれませんし。
結局、何をどう選べばよいか
ちなみに話題をもとに戻すと、私はいわゆる高級時計は持ってません。
持ってないヤツが語るなよって言われそうですがw
オメガシーマスタープロGMTなんかは、時計に詳しくない人からすると、現行100万クラスの時計なので高級品と勘違いされるかもしれませんが、実際はその半額チョイくらい。
昔は円も強くて物価も安かったってのもありますが、今のOMEGAは独自開発ムーブメントで耐磁性なども段違い、精度もマスタークロノメーター認定の時計なんかも作っており高額時計のお仲間入りしていますが、私のもってるヤツはコアークシャル機構を取り込んではいるものの、いわば汎用品のETAベースムーブメント。
サブ時計のロンジンコンクエストもハミルトンカーキフィールドメカニカルも、同じくETAベースのお手頃価格のアイテム。
そこまでめちゃ時計に興味があるわけでもないですし、実用面と信頼性に振った“お手頃で機能的でそこそこ優秀”な今の時計たちで正直既にお腹いっぱい。
ちなみに機械式時計は、日常使いしていれば通常は5年程度に一回、機構によって6~10年持つ場合もありますが、オイルの揮発等考えると概ね5,6年に一度はメンテナンスしておくのが理想です。
よって、数十年相棒として使うつもりなら、メンテナンスコストも含めた現実的な選択をするのが個人的にはおススメ。
有名どころのメーカーの自社ムーブメント採用品なら、正規店でメンテすれば一回に10~15万くらいは普通に掛かるので、まあだいたい年間2万前後の維持費が掛かるイメージでしょうか。
そういう「買ってからの事情」もあるので、これから進学や就職、人生の節目などで新たな時計選びをされる方がいるなら、投資はさておき、まずは「自分が何に価値を置くか」を先に決めておくと、だいぶ迷いが減ると思います。
時計に限らず、釣具でも服でもクルマでもその他の持ち物でも、結局そこに戻ってくるんですよね。
人生は選択の連続、一見さまざまな不自由を感じているような気がしていても、結局何かを選択するのは完全に個人の自由。
選びにおいて個人としての軸があれば、あとは選択の結果を受け入れるのみです。
ということで、今回のお話はこれでおしまい。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
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